FC2ブログ
土岐市 居酒屋 京の出来事や おいしいメニュー お酒の紹介
2020年06月30日 (火) | 編集 |
店電に、「これから行きます」の予約が入った。

名前は、YAMAZAKIさん

はて?誰だっけ?

大抵、知り合いは私の携帯に掛けてくるし・・・

来店されて、驚いた

郡上八幡の徹夜踊りで知り合った、

安城のYAMAZAKIくんじゃないか

しかも、新婚のお嫁さんも一緒

DSC_2930_convert_20200630132251.jpg

県外自粛が解けて、一番に来てくれました。

八幡で一緒に飲んだTAKAも呼んで、しばしタイムスリップ

今年は、郡上踊りもコロナで中止になり、

会えないと思っていたので、来てくれて嬉しかったわ

来年は、コロナも治まり、郡上で会えるといいね



スポンサーサイト




2020年04月18日 (土) | 編集 |
健康だけが取り柄の私が、一週間入院した

最初は、ただの胃腸風邪だと思い、我慢していたのだが、

平熱なのに、脂汗が出て体温は下がるし、お腹の痛みは尋常ではない

たまらず、救急車を呼んでもらい、厚生病院で診察を受け、

下された病名は、急性腸炎からの腸閉塞

治療としては、点滴と絶食のみ

三日間の絶食だったが、点滴のせいでお腹は空かず、

さぞ、ダイエットになったろうと勇んで体重計に乗ったら、

なんと1キロ太ったではないか

点滴って、高栄養なのね

痛みさえ無くなれば、今度は暇なのが苦痛になり、

点滴をガラガラさせながら、屋上庭園を毎日30分散歩

DSC_2843_convert_20200418133332.jpg

その甲斐あって、退院後は1キロ減っていたので、ホッ

結局、何が原因だったのか判らずじまいだったが、

コロナでなくて、ホント良かったわ

退院したその日から、店に出て、

とても復活の早い、私でした


2020年01月02日 (木) | 編集 |
昨年11月8日に、おかあちゃんが亡くなった。

DSC_2541_convert_20200101205423.jpg


8月1日に、お腹が痛いので病院へ連れってほしいと訴え、

腸が腐っているからと、緊急手術となった。

大腸がんだった。

余命半年だと聞かされた。

心臓と大動脈の手術をしていた。

おかあちゃんの身体は、生きる為に傷だらけだった。

退院して、通院で抗がん剤治療する事になった。

家では、元気にしていた。

お客さんが呼べば、店にも出て相手をしていた。

初めての抗がん治療の10月11日、

一泊だけ入院する為、軽装で家を出た。

事前検査で、酸素の値が低く、肺に水が溜まっている事が判明した。

抗がん剤は体力を奪うので、断念するしかなかった。

鼻に酸素吸入をしての、再入院となった。

「なんにも悪い事してないのに、なんで私ばかりこんなめに合う・・」

気丈なおかあちゃんの弱音を初めて聞いた。

何も治療しないなら、地元の病院と医療連携して自宅療養に切り替え、

大好きな猫や家族と過ごせるよう、退院の準備を始めた。

「ああ、嬉しい!家に帰れる!ありがとう、ありがとう!」

看護師さんの手をにぎって、本当に喜んでいた次の日の早朝、

容体急変の電話が入った。

みんなそれぞれ駆けつけ、おかあちゃんと話をした。

「皆、仲良くするんだよ」

泣いてしまった私に、目配せで子供たちを見て、

「泣いたら、あかん」と叱った。

喉が渇いたおかあちゃんに、病院で用意してくれたかき氷を食べさせた。

少しこぼしてしまった私に、「へたくそ」と言った。

それが最期の私との会話だった。

モルヒネを打ち始めると眠ってしまい、皆は一旦帰り

私だけ病院に泊まり込み、翌朝また皆に来てもらうつもりだった。

それなのに、夕方5時50分、おかあちゃんの呼吸は止まってしまった。

声を限りに、おかあちゃんを呼んだ。

「おかあちゃん、呼吸して!呼吸して!」

聞こえていたのか、本当に浅い呼吸を2回してくれた。

でも、それきりおかあちゃんは動かなくなった。


郡上八幡で芸姑をしていた時に、未婚で私を産んだ。

私が小学校2年生の時に、今の父と結婚し土岐に来た。

複雑な家庭環境の中、おかあちゃんと私はいつも対立し、

そして、いつも一緒にいた。

私には、おかあちゃんしかいなかったし、

おかあちゃんには、私しかいなかった。

他人からみたら、不思議な母娘だったと思う。


先日、四十九日を済ませた。

集まってくれた親戚は、父も含め、皆他人だった。

おかあちゃんの血は、もう私と二人の子供しか受け継いでいない。

骨壺に入りきらなかった骨を全部タッパに入れて持ち帰った。

四十九日の前日、一人で泣きながらすり鉢で粉にした。

DSC_2624_convert_20200101205501.jpg

入るだけ骨壺に入れ、お墓に納骨した。

残った骨は、郡上八幡の川に散骨するつもりでいる。


あの日から、泣かない日は一日もない。

「泣いたらあかん」と叱ってくれるおかあちゃんは、もういない。

元旦の今日、やっとおかあちゃんの事を書く気になった。

やっと、素直に言える。

私は、おかあちゃんが大好きです。

おかあちゃん、産んでくれてありがとう。

DSC_0385_convert_20200102001836.jpg















2019年10月16日 (水) | 編集 |
亡くなった郡上のおばちゃんがまだ健在の2011年

入退院を繰り返して、面倒が見られないからと、引取ったみーちゃん

_convert_20191015233005.jpg

おばちゃんも、みーを中猫くらいに拾ったので、

はっきりした年齢は判りません

2年程前に獣医さんに連れて行き、薬をご飯に混ぜたところ、

全然食べなくなって痩せていくばかりなので治療を止めた

そうしたら、随分元気になり、ご飯もよく食べ安心していたら、

今年9月頃からまた調子が悪くなり、

今月13日に、息をひきとりました

_convert_20191015232927.jpg

うちの子は皆、私が店をやっていて見ていない時に逝ってしまう

ここ2~3日は、ご飯も水も摂れなくなっており、

心配していた矢先、力を振り絞って水の方に移動して

水の器の中に顔を突っ込んで亡くなっていました

可哀そうで、涙が止まらなかった

それでも、うちにはまだ5匹いるので泣いてばかりいる訳にもいかず

面倒をみながら、皆がみーちゃんのいない穴を埋めてくれてます

今頃は、亡くなったおばちゃんと再会してるかもしれない

みーちゃん、うちに来てくれて嬉しかったよ

一緒に過ごした幸せな時間を忘れない

ありがとうね

本当にありがとう







2019年09月11日 (水) | 編集 |
N嶋夫妻と、荘川へ行ってきました。

旦那たちは、渓流釣りをする為、川でおろし

私と奥さんは、荘川から8キロ先の、ひるがの高原へ

DSC_2455_convert_20190911122434.jpg

リフトで頂上へ

足をぶらぶら気持ちいい

DSC_2448_convert_20190911122323.jpg

この日、土岐では35度を超えていたらしいけど、

ひるがのは、27度くらいで、爽やかな風

DSC_2447_convert_20190911122351.jpg

一面のペチュニア

DSC_2450_convert_20190911122512.jpg

コキアの丘

赤とんぼが飛ぶ木陰で、風を感じながらのおしゃべり

あっという間の2時間が過ぎ、

旦那さんたちと合流する為、荘川への道を逆戻り

残念ながら、お魚には縁がなく、1匹も釣れなかったようです

道の駅で、温泉に入り、お昼ご飯

DSC_2459_convert_20190911122617.jpg

荘川そばと、ケイチャンは最高でした

リフレッシュには、最高の秋の一日でした